全国各地で列車に乗っていると、通学の時間帯に乗り合わせることがしばしばあります。
ある時、女子中高生の鞄にサンリオキャラクターズのぬいぐるみがお供しているのを、目にする機会が大変多いことに気付きました。
ー さまざまなキャラクターたちが、それぞれの日常に寄り添っている ー
そのことを意識するようになるとともに、近頃「クロミ」の露出が増えていることと相まって、次第に投資候補先としてもサンリオに興味を持つことになります。
そして実際に投資する決め手となったのが、「余白」を上手に活用する当社のユニークネスが強みであることに思い至ったことでした。
「余白」がブランド価値を支える。
サンリオキャラクターズの大きな特徴は、情報を詰め込みすぎず、見る人の想像や感情を受け止める余地=「余白」を残しているということです。
これは単なるデザインに留まる話ではありません。
ブランドとしての「拡張性」や「持続性」に直結する重要な要素ともなっています。
それぞれのキャラクターは、そのプロフィールを見ても分かるように、あえて明確なストーリー背景を強く打ち出していません。
これは、キャラクターが固定された物語に縛られず、ファン一人ひとりの思い出や感情に寄り添いながら育っていくための工夫と言えましょう。
そこから導き出される、サンリオならではのキャラクターの特性を以下にまとめてみます。
- キャラクターの意味づけが固定されていないため、世代や文化を超えて受け入れられる
- 「余白」があるからこそ、新しい文脈(商品・企業・社会課題)に自然に溶け込める
- 一人ひとりが自分なりの解釈を加えられ、独自の関係を築くことができる
- ファンの思い出や感情とともに、キャラクターが「育っていく」構造を持っている
後述しますが、この「余白」の感覚は日本ならではの美意識がもたらしたものであり、サンリオのIPが長く愛される理由にも繋がっているのではないかというのが、私の見立てになります。
コラボの柔軟性と「キティさん」の仕事ぶり。
サンリオキャラクターズの中でも特にハローキティは、「働き者のアイコン」として知られています。
いつしかコラボの形であらゆる業界、あらゆる場所(例えば、ご当地キティ)に顔を出すようになり、その仕事を選ばない働きぶりに敬意を表して、ファンの間からは「キティさん」と呼ばれていた時期もありましたね。
さまざまな役割を柔軟にこなす姿は、ブランドの収益源であるのみならず、コラボ先のブランド価値を損なわず、むしろ親しみやすさや共感を付加する力もあるのです。
それも、あらかじめ解釈の「余白」を確保しているからこそです。
この「余白」がもたらす「どこにでも行ける」性質は、経済環境の変化にも強いビジネスモデルを構築する上で極めて重要です。
キティちゃんには口がない──だから語れる、だから売れる。
ハローキティの最大の特徴のひとつは「口がない」ことです。
これは単なるデザイン上の特徴ではなく、受け手が自由に感情を投影できるという意味での「余白」の確保にも繋がっています。
口を描くことによって、キティは固まってしまう。
withnews『なぜキティの口を描かないの? サンリオが明かした2つの理由が深い』
口を描くことで、語りかけてくれなくなる。
無表情だけど、何かを語りかけてくれる顔。
それこそが、見ている人にとって癒やしになる。
怒っているとか、笑っているとか、泣いているとか、キティは相手に感情を押しつけない。
空気のようにそこで見ていてくれる。
それがずっと一緒にいられる秘密なんじゃないかしら
喜んでいるときも、悲しんでいるときも、見る人の気持ちに寄り添う──その静かな共感力が、グローバル市場でも文化的な壁を越えて受け入れられる理由となっているのではないでしょうか。
これこそが「感情的なブランド資産の強さ」であり、ブランドの国際展開力とロイヤルティの高さの背景に存在するものと考えられます。
日本人の美意識が生んだIP。
私には、ハローキティに代表されるサンリオキャラクターズが日本人の美意識──簡素・調和・余白・間といった感性に深く根ざしているような気がしてなりません。
昔から日本人は水墨画や日本庭園など、「余白」を作品の一部として楽しんできました。
何も記されていない「余白」。
しかしそこには本当に何もないのではなく、想像することで完成させて楽しむために、あえて作られた「余白」。
「余白」を楽しむという感覚は日本人独特のものとされています。
びっしりと描かれる西洋絵画と、「余白」にこそ重きをおく水墨画・日本画とを比べてみると、「余白」に対する感覚の違いがよくわかります。
サンリオのデザインには、西洋的な「強い個性」や「明確なストーリー」とは異なり、受け手の想像力に委ねる設計思想がそもそもセッティングされているはず。
だから文化的に近いアジアで共感を得られやすいのではないかと、そんなことを感じています。
逆にアジアよりも強い世界観が求められる欧米向けの事業を今以上に強化するため、ハリウッド映画を製作することについても、この文脈を通して理解することができます。
「語らない」ことが語る力になる。
「語らないことで語る」口がないキティちゃんは、まさに禅的な沈黙の美学の象徴。
シンプルな線と色彩、過剰な主張を避けた造形は、日本の伝統工芸にも通じる静けさを備えているというのは言い過ぎでしょうか。
こうした感性を持つ日本人だからこそ生み出せたIPであり、だからこそ模倣困難な競争優位性を有し、世界の中でも独自のポジションを築いているというのが、私の投資仮説です。
サンリオは、「余白」を活かし、文化を纏い、経済価値へと昇華させることのできる稀有な存在。
「語らないことで語る」このIPに、耳を澄ませる価値は十分あると私は思っています。
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