阪急グループの創始者であり、宝塚歌劇団に代表される阪急文化圏を創り上げた小林一三の、決定版と言っていい伝記です。
小林一三と言えば、「街と街を鉄道で結ぶ」から「鉄道の周囲に街を作る」へと発想を転換し、顧客の創造という観点から鉄道事業をとらえ直した点が一般的には有名です。
実際、私もその考え方を投資先の選定に活かしたりもしております。
しかしこの本を読んで、鉄道を敷いたらその沿線にたまたま良い土地があったということではなく、良い土地があったからこそ鉄道事業に参入したという、真の経緯を知ることができました。
元々、日露戦争後の人口増という背景、大阪市内の住宅の超密集状態に対する問題意識があり、その解決手段としての分譲地となるべき土地の安さと優良さに小林一三ただ一人が気づき、「鉄道事業、行ける!」となったわけですね。
健全なる住環境を用意すれば、そこから健全な精神も育ってくる。
「清く、正しく、美しく」
「沿線開発をしたいから鉄道を通す」
理想となる社会を思い描いた上で、そこから演繹的に自分のやるべき事業を考えていった点に、日本人離れしたスケールの大きさを感じます。
特に秀逸なのが、「ターミナル・デパート」というコンセプト。
駅直結で多売が保証されているならば、それを担保として利益率を下げることができる。
利益をお客さまに返すことで、お客さまはまた利益を持って来てくれる。
そこから 多売→薄利→多売 … の好循環がもたらされる。
それは、スケールメリットを求めるがゆえに薄利を強いられる「薄利多売」とは全くの別物です。
行うべきは「薄利→多売」ではなく「多売→薄利」。
需要が伸びる分野が限られていく今後の日本においては、特に重要な視点だと思います。
もう一つ面白かったのが、宝塚歌劇団に対する小林一三評。
「女から見た男役というものは男以上のものである。
いわゆる男性美を一番よく知っている者は女である。
その女が工夫して演ずる男役は、女から見たら実物以上の惚れ惚れする男性が演ぜられているわけだ。
そこが宝塚の男役の非常に輝くところである。」
歌舞伎の女形の裏返しなのですが、試行錯誤した後でこう結論付けた思考には唸らされるものがあります。
この本は移り行く時代背景をベースに、経営・文化・政治と、あらゆる側面から小林一三の生きざまを描き出すことに成功しており、自分の中で断片的であった知識がやっとつながった感覚を得ました。
閉塞感の漂う時代だからこそ、小林一三のように論理と思考を大切にする経営者が求められますね。
伝記でありながら現代にも通ずる経営戦略の勉強にもなる、大変オススメの本です。
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