今日は、財産をひたすら増やしていこうとする営みについて、ちょっと立ち止まって考えてみようというお話です。
健康で、負債がなく、良心にやましいところのない人に対して何を付け加えることができようか。
アダム・スミス (太字は当方にて)
この境遇にある人に対しては、財産のそれ以上の増加はすべて余計なものだというべきだろう。
個人投資家の一人として、なかなか考えさせられる内容です。
「神の見えざる手」というフレーズが独り歩きしてしまい、なにかと誤解されやすいアダム・スミス。
冒頭の引用は有名な『国富論』より17年も前の『道徳感情論』に書かれた一文ですが、そこでは幸福についても「心の平静であることで得られる享楽」と定義付けています。
アダム・スミスは「経済学の父」とされていますが、決して市場原理が全てという考えを持っているわけではなく、その土台としての道徳・社会秩序をより重んずる哲学者でもあるのです。
さらに、人間には
- 一定以上所得が増えても幸福度が増大しないことを知っている「賢明な人」
- より多くの富や地位が幸福度の増大につながると考える「弱い人」
の二種類がいるとしています。
皮肉なことに、この「弱い人」の存在が経済を発展させてきた側面はあります。
ただそれが行き過ぎた結果として、アメリカの市場資本主義経済で象徴的に見られる、極端な「富の偏在」を生んだのもまた事実かと思います。
こうした”Winer takes all”的な論理がもたらす歪な構造も、アメリカの覇権が陰りを見せ、世界が多極化に向かいつつあるのと同様、限界を迎えつつある気がしてなりません。
利益の追求にはキリがないものです。
「足るを知る」が分かる日本人のいち個人投資家として「賢明な人」になれるか、そして社会的利益の増大に向けてどんな役割を果たしていけるのかも意識しながら、自分なりの投資のカタチを今後も追求していきたいと思っています。
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