長期投資の旅とは、自己肯定感を取り戻す旅だ。

投資スタンス

誰かが利益を得たということは自分の損失だという考え方は、株式投資では健全な態度とは言えない。
事実、そういう考え方は多数のノイローゼ患者を生むだけだ。

ピーター・リンチ


株式投資は、実際には運の部分とスキルの部分があります。

しかしながら、自分ではコントロールできない運の要素の方が大きいにも関わらず、スキルさえあれば上手に渡り歩いていけるのではないかと、多くの人を錯覚させてしまうところに悲劇があります。

ご自慢のスキルが環境にうまくハマっているうちは全能感すら得られますが、ひとたび歯車が狂ってしまえば、自分を責め続けることにもなりかねない ー そんな世界で自己肯定感を健全に保ち続けるには、いったいどうしたらいいのでしょうか?

いつしか私は、長期投資にその解があると考えるようになりました。

比較と競争に疲れた心。

SNSを開けば、日々誰かの成功や、旬の「銘柄」に対する煽りが、嫌でも目に飛び込んできます。

誰かが持ちあげた複数の「銘柄」の間で右往左往しては短期の値動きに一喜一憂し、他人の成果と自分のそれとを比べたりすれば焦りや自己否定に苛まれる…

ここでふと疑問に思います。

「これは、本当に自分が望んでいた投資のあり方なのか!?」と。

ゼロサムゲームからの脱却。

短期の売買は、さながら椅子取りゲーム。
誰かの利益は、他の誰かの損失の上に成り立っていると言えます。

企業の営みそのものに期待するのではなく、後から他の誰かがその対価としてより高いお金を払ってくれることに期待する「投機」。

それは必然的に他の誰かの心理や動き方に依存することであって、他人の動向に運命を委ねることに他なりません。

市場全体が作り出す波にも翻弄され、心はすり減らされ、続ければ続けるほど自己肯定感が失われかねない…

だからこそ私は、「時間を味方につける投資」へと舵を切ったのです。

信じる力が、自分を支える。

長期投資は、ゼロサムゲームではありません。

自分が投資した企業が価値を創造し、社会に貢献していく営みの中で、株主としてその果実を分かち合う。

そこには、誰かを出し抜く必要も、勝ち負けの優劣もありません。
ただその企業を「信じて待つ」という選択があるだけです。

長期投資とは企業を信じることであると同時に、その企業を信じた自分自身の判断を信じることでもあります。

ノイズに惑わされず、企業の価値創造のプロセスを見守る ー その姿勢を貫くことによって、「自分の選択には意味がある」という静かな確信へと繋がっていくのです。

投資先企業が成長した姿を見るたびに、「あの時の自分の判断は間違っていなかった」と思える。

それは数字そのものが増えていく以上の喜びとなり、自己肯定感を育む源泉にもなるのです。

長期投資とは、自分自身との対話である。

長期投資に必要なのは、他人との競争ではなく、自分自身との対話です。

焦らず、惑わされず、自分の価値観に従って歩む。

その過程で、少しずつ自分を肯定できるようになる。

私は、私の信じる道を歩んでいる」

心からそう思えるようになった時、きっと投資は単なる資産形成の手段ではなく、人生を豊かにする「旅」になっていることでしょう。

というわけで、SNSには消極的な私です。
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コメント

  1. むう より:

    完全に合意いたします ☆彡

    あるときから、「美人投票」への興味は薄れ、

    自分がその会社を信じているんだという意識が大事になりました

    ただし、損切りすらできていないのは、反省ですが 汗

    • 6_suke より:

      コメントをありがとうございます。

      信じられなくなった時が、損切りの一つのタイミングなのかもしれませんね。

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