インデックス投資が人気になった「表向きの理由」
インフレへの意識の高まりから最近では「資産防衛」も意識されるようになってきた中で、インデックス投資は資産形成の王道として広く受け入れられています。
その理由として一般的に語られるのは、以下のようなものになるかと思います。
- 市場全体に分散できるため、個別株よりリスクが低い
- コストが低く、再現性が高い
- 長期では、ほとんどのアクティブファンドより勝率が高い
- 初心者でも理解しやすく、積立設定だけで運用できる
こうした合理的なメリットは、どのメディアでも繰り返し紹介されています。
しかし私は、それだけではこの人気を説明しきれないと感じています。
むしろ、あまり語られることのない、もっと人間くさい消極的な理由がインデックス投資の人気を押し上げていると思えて仕方がないのです。
インデックス投資を支える「選ばない」心理
それは2つあると思っています。
①選択の負担感
投資対象を選ぶ行為は、まともにやろうとすれば結構なエネルギーを使うことになります。
個別株の投資家が当たり前のようにやっている情報収集、比較、分析、判断 … 世の中全体で見れば、こうしたプロセス自体を負担に感じる方のほうが実は多いのではないでしょうか。
そこに目を向けた時、「そもそも何を基準に選んだらいいか分からない」「時間がない」「選択肢が多すぎて決めきれない」といった切実な問題が横たわっていることに気付きます。
②リスク回避・失敗回避
「失敗したくない」「後悔したくない」「みんなが選んでいて安心」といった、失敗を避けて安心したい意識も大きいでしょう。
心理的ダメージを軽減したいこの意識は、人間の社会的本能に根差したものと言えるかもしれません。
「インデックス投資」と「イナゴ投資」は地続き
YouTuber・インフルエンサーが前向きなトーンで語る銘柄にそのまま乗っかる、「イナゴ投資」にも一定の存在感があります。
否定的に語られることの多い「イナゴ投資」ですが、実は構造としてはインデックス投資に通ずるものもあるのではないでしょうか?
- 自分で選ばない
- 多数派に乗ることで安心感を得る
- 判断の責任を自分以外に委ねることができる(良いか悪いかは別にして、自責の辛さから逃れられる)
少なくとも「選ばない」という行動様式は共通しています。
「選ばない消費」が当たり前になった時代
こうした背景として、我々の生活そのものが「選ばない」ように変わってきていることも少なからず影響しているのではないかと思いました。
久我尚子さんの『選ばない消費』でも指摘されているように、現代は「選ばない」ことが生活のあらゆる場面で広がっています。
- Spotifyは、個趣味に合った曲をレコメンドしてくる
- Amazonは、購入履歴から「あなたへのおすすめ」を提示する
- Netflixは、視聴履歴から作品を提案する
- SNSは、属性・嗜好を元にアルゴリズムが表示する情報を選別してくる
私たちは、選択のコストをAIやアルゴリズムに委ねる生活に、あまりにも慣れ切ってしまっています。
「考える力」を温存するメリットも
そして選択肢が増えすぎた現代では、選ぶことは自由を与えてくれる一方で負担にもなります。
- 失敗したくない
- 後悔したくない
- できれば誰かに選んでほしい
こうした空気の存在が、「選ばない投資」としてのインデックス投資を後押ししているのかもしれません。
少し視点を変えてみれば、「選ばない」ことには、心に余白を作り、別の大切なことを選び直すための「考える力」を温存できるという、大きなメリットがあると言うこともできます。
その意味で、投資よりも他のことを優先したい方にとって、一定の説得力を持つインデックス投資を「選ぶ」ことはとても合理的ですし、その存在が救いともなっている気がします。
ただ、「選ばない」ことによるデメリットも、もちろん存在します。
その最も大きいものは、「視野が広がらない」ことではないでしょうか。
インデックス投資を検討する際は、こういったことも頭の片隅に入れておきたいものです。
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コメント
インデックス投資も個別株投資も、人生を渡るための「筏」にすぎないとかんがえるのはどうでしょうか。少し仏教的ですが、
「インデックスだから正しい」
「個別株だから優れている」
ではなく、自分の目的に合う道具を使えばいい・・・
また、「選ばない」のではなく
「選ぶ必要のないものまで選ぼうとする執着を捨てる」 十分に考えた結果として、あえて選ばない
私は個別株投資もインデックスもやっていますが、この状況がとても「ちょうど良い」です。
個別株投資からは、痺れるような感覚を得ながら、
インデックス投資からは、目的に向かう「凪」のような心地よさを感じています。
ただ・・・心地よさゆえに、自分がどこへ行きたいのかを忘れないようにしたいものです。
そうですね。
0-100で決めるのではなく、50-50でも20-80でもいいですし、WASABIさんのように両方採り入れる方がむしろ自然ですね。
潮の流れにただ身を任せてしまうのではなく、自分がどう竿さすか、なぜそこに至ったのかといったことを自覚してさえいればいいと思います。