本書からの最大の学び
投資家の内面構造こそが資産の存続を左右するという趣旨のことが、本書では繰り返し述べられています。
とりわけ重要に思え、自分に深く刺さったのが、富と自己評価を切り離すというユダヤ・キリスト教的世界観における態度です。
富は扱う対象(「預かりもの」)であって、人格の証明ではない。
富があるから偉いわけではなく、富がないから劣っているわけでもない。
この距離感があるからこそ、ユダヤ・キリスト教世界の投資家は淡々と判断し行動することができます。
しかしながら、その距離感がなく富に道徳的な評価をしがちな日本人である私たちは、しばしば富と自尊心を結び付けてしまうのです。
- 自分は正しいはずだ、間違いは認めたくない
- 評価されたい、成功者であり続けたい
こうした感情が投資判断に入り込んでしまうと、損失を認められず、想定外を直視できず、退路を断つつことになりがちで、均衡崩壊に巻き込まれやすくなります。
市場は努力を認めず、動機を評価せず、正しさを称賛しません。
返ってくるのは結果だけであり、そこに感情を持ち込む要素はないのです。
だからこそ、投資家はしなやかであるべきだと確信しました。
柔らかく形を変えながらも、芯の強さを持つ「水」のようでありたいという自らの姿勢を、より強く意識させてくれる一冊となりました。
変えたくない、大事にしたい価値観は「芯」として堅持しつつも、「存続」を第一とした戦略を考えていきたいと思います。
余談:投資インフルエンサーについて
本書を読んで感じたことの一つに、「投資インフルエンサーを目指すことには危険な側面がある」というものがあります。
投資判断に「他者からどう見られるか」(人から評価されたい、成功者として見られたい)というノイズが入れば、自ずと間違いを認めにくくなっていきます。
しかしながら、市場は残酷で想定を壊しにかかってきます。
そこでは「正しさ」にこだわることが仇となります。
富と自己評価を切り離し、生き方の選択肢として「勝利」ではなく「存続」を求めていくのであれば、それと相反する要素の多い「投資インフルエンサー」を目指す試みは避けるべきなのでしょうね。
少なくとも私は今、そのように考えています。
(終わり)
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