四季報を改めて見ると、あの小さなスペースの中にもの凄い情報が詰まっているなと、今さらながら思います。
公開資料から拾えるものばかりではなく、取材(していない先も多々ありますが…)をベースにした「材料」や「独自予想」まで記載されています。
ピーター・リンチ的に「最も多くの石をひっくり返した人がゲームに勝つ」という考え方をベースに努力されている方であれば、「銘柄探し」をする上でやはり欠かせないものでしょう。
ただ私にとっては、四季報は「上場企業のカタログ」、あるいは「既存投資先について書かれていること、及び書かれていないことをチェックする」以上の意味が乏しくなっていき、年に一度も買わないようになってしまいました。
(後者に関しては、証券会社のサイトでは毎回チェックしています。自分の投資ストーリーが陳腐化していないことを確認する意味合いで)
その理由としては、入れ替えを頻繁に行う動機が薄れ、能動的な「銘柄探し」をしなくなったということもあるのですが、あれだけのたくさんの情報がコンパクトにまとめられている中でも、私にとって必要な情報は取れないということも大きいです。
では私にとって必要な情報とは何かと言うと、
「創業の動機」
「その企業が持っている世界観や大切にしていること」
「どんな社会課題を解決していきたいか」
といったものです。
その企業のあり方そのものに共感ができないと、私の場合は本腰を入れて投資しようという気が起きません。
こうしたものは個別性が強く、一覧性のある資料やスクリーニングでさくっと調べられる類のものではないですよね。
私がその企業に興味を持つきっかけは、投資信託の月次レポートや動画であったり、ネットで事業を紹介する記事で興味を持ったり、人から聞いたりとさまざまですが、どこか自分の価値観に合い、琴線に響くものがあったという点は共通しているように思います。
そしてそんな感じで、自分のアンテナに引っ掛かるような「偶然の出会い」を楽しんでいるところがあり、その傾向はますます強まっています。
ということで、四季報は投資先候補との「出会いの場」ではなくなっているというお話でした。
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コメント
とても参考になります。
網羅性の高い四季報であっても、
・創業の動機
・世界観や大切にしていること
・解決したい社会課題
は、知りえませんね。
数字上では素晴らしい企業であることは分かっても、やっていることに共感できるかどうかはまた別の話なので、私の場合、四季報とはまた別のところで出会いを見つけなくてはなりません。